iuy

I’m in the earth.

午後11時39分


なんだろう。久しぶりに、はじめて見る光景が目の前にある。いつもねむる前に窓の外をみて、晴れていようが雨が降っていようが自分の理解できる風景ならば安堵してねむりにつくのだけど…

濃い夜空と濃い霧に同化しそうなほどうす暗い雲が、一面にひろがっている。それも地平線のようにまっすぐ、美しい位置を保ちながら。

午後11じだけれど、いつもなら聞こえるはずのバイクの音やしゃべり声が全く聞こえてこない。
それに加えて、この部屋からは聞いたことのない”草木が風になびいている音”が聞こえる。風が強いのか、けっこうな音量だ。それがこの風景を前にすると波の音のよう。まるで夜の海にたった一人でいるような感覚なんだが、伝わるだろうか。

今日は課題に集中するため学校を休み、一日家に引きこもった。
窓のあいた風通しのよい寝室にきて、外の空気をちっとも吸っていなかったことに気づく。実にしんせんな味。時間的に言うと今日はのこり30ぷんある。が、なぜだかたった今から1日が始まる気がしてならない。今日の外の空気をいま、はじめて吸ったのだから当然の感覚かもしれない。眠れない夜になりそうで必死にホットタオルを目の上におく。押さえつけるように。

それでか、どうかはわからないけど、こんなふうに興奮して夜の海にたった一人でいるような感覚に陥ってしまっている。

手紙

これは、あたしが後々読み返すための記録になる。




あたしは今日、
今日の最後の最後に気分が下がる出来事があったの。

そういう時は貰った手紙を全部読み返すのよ。

たったいま読み返し終わったんだけど
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように霧が晴れて、心が満たされているの。
だからこの感謝をここに残そうと思って。




手紙のすごく面白いところが、贈る人と貰う人、両方の成長が見れるところなんだよね。

今日はもう名前をバンバン出して書きたいと思うんだけどね。


(由奈の写真がない笑)

由奈なんて、13歳から今まで毎年欠かさずにくれるの。誕生日以外にも本当に沢山ね。
読み進めていると、あたしの成長もだけど由奈の成長も楽しめて本当に面白いんだ。
由奈は、何も言わなくても何でもわかってる人なの。言葉通りだけど、この意味が本当にわかるのは、数え切れないほどの文通をしてきたあたしたちだけなのかもしれないね。


スミは、文才が凄いのよ。ヤキモチを妬いてしまうくらいにね。素敵な文章を綴るんだよ。
あたしは長々と伝えてしまうタイプなんだけど、スミはもうスマートでクレバーって感じ。笑 スミの書く文章は、誰が読んでも魅力を感じるものだと、あたしは思ってるんだ。


優未は絶対に可愛いレターセットに書いてくれるんだよね。形から入るタイプなのは昔から変わってない😂言葉も、オーバーな表現は全くなくて。素直な気持ちが伝わるんだ。
普段お互い褒めたりしないから、手紙でこんなに嬉しいことを沢山言ってくれると口で言われる何倍も嬉しいんだよ。本当はこんなこと思ってたの?可愛いなおい。みたいなね、感動なのよ。


ゆいこは人に対する感謝とリスペクトが常にあるの。素晴らしいよね。それに結構ツボなのが、とても上品なレターセットや言葉遣いで手紙を書いてくれるんだけど、手紙が二枚重なってたりとか、所々で天然を発揮してくるのが最高に好き。笑


真理子は、小学校6年生の時に転校したからそこからほぼ毎月、文通をしてたよ。山のように手紙が残ってるの。内容がくだらな過ぎて面白いんだ。真理子は小学生の頃から、真っ直ぐ愛を伝えてくれてるんだね。立派な小学生だなぁと思う。今でも毎年会うのはこの文通のおかげだね。


(美穂の写真もない笑)

美穂は幼馴染で、姉のような、友達のような、母のような(笑)、よくわからないけど大好きで。受験の時に貰った手紙と、みつをの言葉は今でも時々思い出しては生きるパワーになってる。未来に対して何か言って欲しくて、頼りたくて、占い師のような存在というか、うーん。いい言葉が見つからない。笑
ま、とにかく、あたしの人生の助言者だね!


麻華はまず字が綺麗。そして、誕生日という日をとても大切に思ってくれる。麻華のしてくれること一つ一つが愛のギフトで、素敵なの。食べることが好きで、人が好きで、自然も動物も愛する彼女の文はスケールが違う。宇宙規模であたしのことを考えているのが伝わるの。


玲奈は、いつだってめちゃくちゃに褒めてくれる。それも飾った言葉じゃなくて、知っている全ての言葉を使ってね。表現の仕方が素直すぎて。たまに小学生かと思う。(小学生は最高だからね) 玲奈の人をリスペクトする姿勢と、それを素直に表現する力は、それを受け取った色んな人の希望になって励みになってきたんだろうなぁと思う。あたしも彼女のピュアさにはいつも感動しちゃう。


紀子はひたすらマメよ。誕生日の手紙もそうだけど、卒業の時にも書いてくれたの。あれだけ遅刻するわりに、なんて言うか、大切にしてるものには手を抜かないのよ。普段は口に出さないことを、文字でこれでもかというくらい表現してくれる。出来事を細かく書き出しているから読み返していて凄く楽しいの。愛が深いね。


レイはほぼ毎年、女社長になってね〜とか女総理大臣になってね〜とかそういうことを書いてくれる。笑 ならないよって言ってるのに、でもそれは、レイのあたしを褒める時に使う最高級の言葉だと知っているので、結局いつも嬉しいの。


恭子からお言葉をもらえるという時点で、なんでか涙がちょちょぎれそうになる。なんせスーパークールガールですから。そんな人から 愛してるよ♡ なんて言われた時の気持ち、言葉で表せられないでしょ。


美空は適当なことばっかり書くけど、あたしが何をやっても面白がってくれて。ゆいがいるだけで世界がハッピーになるよなんて言ってくれた時は泣けたね。めい、ゆいを頼んだよ!なんて、やっぱり適当な事を言うんだけど、なんでかニヤケちゃうような心があったまることを伝えてくれるんだ。



(突然のテイスト笑)

萌、フィーリングで綴っているからナウがものすごく伝わる文章。何書いたらいいかなーとかも、全部書き出しているところとか可愛いんだよね。つまり、うまく書こうとか、感動させようなんて計算がなくて、彼女もまた小学生のような素晴らしさを持っているよね。


未来は友達が沢山いるし、誕生日を覚えるのでさえ大変なはずなのに、一人一人とスペシャルな時間を作っているのが伝わる文なの。まさにこの家族にこの子ありという感じで、沢山の愛で育てられた、愛に溢れた人が書く、愛の手紙。


さおりからもらう言葉は、勢いとパワーが凄まじくて圧倒されるの。感じたことを、思ったことを、そのまま書いてくれる。これだけの愛を受け取ると自信がつくね。さおりはあたしにとってスーパーウーマンなの。彼女が纏う空気は本当に独特よ。


ももは、いわゆる幼馴染だから。だからと言うわけでもないけど、素直に書いてたら恥ずかしくてやってられないってところがあるんだよね、お互い。笑 それでもたまに、ケーキの箱とかメモ帳とか、お硬くならないように工夫して贈るんだよね。それなのにジョークが多い手紙になってしまうのはやっぱり恥ずかしいからだよね。


愛美から貰ったのは中学時代がほとんどで、中でも卒業の時に貰った手紙が凄く好きなんだけど、一枚びっしり感謝を綴ってくれた後に2枚目があって、あたしの似顔絵と “ありがとう。” って文字が書いてあったの。久しぶりに見て感動だよね。


おばあちゃんはさ、手紙に書いてある”優衣ちゃん” って最初の文字を見ただけでブワァっと込み上げてくるものがあるね。一文字一文字の重さに愛を感じるの。
ほとんどが短い手紙なんだけど、書いてあることは 肝に命じます と声に出して言ってしまうほど、大切な言葉ばかり。おばあちゃんとの手紙にまつわる最高なエピソードもここに残そうと思ったけど、まだ秘密にしよう。ちょっとだけこの感じを一人占めしたいからね。


いやいや忘れちゃいけない、多分由奈と張るくらい沢山の手紙をくれる芽衣ね。
文才も画力も思想も何もかも尊敬していて、あたしも芽衣くらいの歳の素直さを忘れちゃいけないなと、貰うたびに思うね。芽衣より面白い人にまだ出会えてないよ。。






今更だけどこれって、キリがないね。

今までに貰ってきた手紙への感謝を綴りたかったけど、友達紹介みたいになってきちゃった。これを始めるとみんなのこと書きたくて止まらなくなるから、宿題が終わってからにしよう。

とにかく感謝を伝えたくて残したくて、一方的な自己満なんだけど、みんな本当に有難う。心が救われた!



あ!それと、手紙にはもう一つ面白いことがあるの。これはある程度昔の手紙を持っていたらかもしれないけど、忘れている記憶を思い出させてくれること。

小2の時もらった手紙に、「ゆいちゃん、いつもマンガを一緒に書いてくれてるありがとう。」ていうのがあったの。漫画、、、あぁ〜〜この子と一緒に書いてたなぁ😂😂って思い出したのよ。
小中学生の手紙って、内容がものすごく具体的で大体リアルタイムの話題だからはっきり思い出すことができるの。
他にも、「ポスターやってくれてありがとう♡いつも残ってやってくれてたよね、、部活出たかったよね、ごめんね。席また遠くなったけどお話ししよう♡」とかね。

鮮明に思い出せたからなんだか凄く興奮しちゃった。




気分が落ち込んだり、何もやる気がでないときは卒アルや手紙を見ること、おすすめする。
卒アルなんて見たくないとか、手紙なんてないしって人は、あたしが手紙、書くからね。



あ〜お腹空いたなぁ。

いまのあたし、ハワイのこのことわざがぴったり当てはまるわ!笑

“i kani ko’aka i ka le’ale’a, i pu’u ko nuku i ka huhu; i le’a ka nohona i ka ma’ona.”

“ご機嫌なこともあれば、不機嫌なこともある
でも、人はおなかが満たされれば心も満たされる”



YUI

嬉々たる時間の無駄遣い

今、自宅の最寄りからある駅まで、普通電車に乗ってこれを書いている。

ある駅といっても、特別な意味はない。マップを見るのが好きで、たまたま目に入ったからそこにしただけ。

重要なのは「普通電車に乗って」いること。

今どき、時間をいかにかけずパフォーマンスするかは当たり前らしい。特急🚅だとか速達💌だとか早い安い🍱だとかね。めまぐるしい。

だからというか、それに反抗した過ごし方をしてるなうってところなの。

特急や快特を使えば49分で着く場所に向かっているんだけど、実はこの行き方でどれくらいかかるかはわからない。

乗換案内で検索しても出てこない乗り方で目的地まで向かってるからね。笑





無駄に電車を乗っていると、高校の頃しょっちゅうやってた羽田の旅を思い出すなー。

学校から最寄り駅まで、コンビニだとかゲーセンだとか立ち寄れる所は全くない場所で!

森に囲まれてたから、学校の裏にアライグマがいた!とかで楽しんでたな。


まぁだから、友達や先生とトークしたり、
先生の資料室的な部屋に忍者ごっことか言って無断で入ってお菓子を頂戴したり、
電車に乗って終電まで行き、そのまま戻る(これが羽田の旅)という時間の過ごし方だった。

何よりお金がないのでいかに安く遊ぶかは当時の重要なテーマだったの。

帰宅部のくせに、どの部活よりも長く学校に残ってトークしまくってた。これ以上ない幸せだと毎日思いながら。笑








あーこのノロい電車は人気がないね。オケツから4両目にいるのに、オケツにいる車掌さんの行動がバッチリ見えるわ。特急だったらありえない。立ってる人や、座ってる人が多すぎて、見えないでしょう。たぶん。


話を戻すけど、羽田の旅をしている時ももちろんトークしかすることはなく、折り返しで帰る頃には喋り疲れて爆睡して。みたいなね。だから一人で乗ってると普通に寂しい!


そしてすごく衝撃的なことを言うけど、なんで普通電車である駅まで向かっているのか、それを書こうとしていたのに、忘れてしまった。😭

やっぱり結論はメモっておかないとダメだねあたしは。

それとね、もう一つ衝撃なことを言うね。今ここは、ある駅を通り過ぎてるの。

もう、笑いながらこれ書いてるよ。😂😂😂

普通電車に乗っていようが、見逃すときは見逃すね。

まあこれも、嬉々たる時間の無駄遣いだな!



YUI

過去と、予定

6時30に起きて少し瞑想してから一階に降りて顔を洗って歯を磨いてコップ一杯の水をもって部屋に戻る。それからブログを書き始める。

抽象的な言い方になるけど、そこそこの文を書くのに苦労はしない。
だけど、完璧に自分が納得する文章に仕上げるには人一倍時間がかかっている。気がする。

例えば今まであげてきたブログを一つ仕上げるのに平均半日はかかってるかな。

内容にもよるけど前回のやつは1週間はかかってるんだけど、この記事なんかは5分で終わった。

あたしが5分で仕上げるブログなんて内容がないようなもんだからね。でもたまにはこうやってパパって書くのもいいわ。

今日はこのブログをあげたらブレドールのフランスパンをもらったからそれでサンドを作って、インドネシアで買ったコーヒーを淹れて(まだあるよどうしよう笑)新聞を買いに行きがてら少し散歩。近所にある無賃八百屋に寄ってカブが売ってたら絶対買おう。それから家に戻って気がすむまでピアノを弾いて、Jazとショパンとルカデルフィちゃんのミックスプレイリストを聴きながら、誕生日に書いてたブログが下書き保存されてたからその続きを出かける時間まで綴る予定。



さて、こんな過去と予定の記録だが、あたしが書いていることは本当なのか、嘘なのか、妄想なのか。もう一度言うが、そこそこの文章を書くのに苦労はしない。





YUI

無題



今じゃちょっと考えられないんだけど、


私は小学校1年生の時、実の父とドライブ中に『そこ、工事してるだろ?あれ、税金の無駄遣いだから。お前はな学校で大したことを教えてもらってないんだよ。本当に勉強しなきゃいけないのは社会で起きていること全てだからな。』という衝撃的なことを教えられた。

そして翌年、おばあちゃんとマレーシアのゴミ山で暮らす人々のドキュメンタリーを観た時。
観おわって、私は号泣していたらしい。
そして、この子たちにお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたいと、それだけ言ってまた 号泣したらしい。
自分より年下のあまりにも衝撃的な生活にひどくショックを受けた。


7歳で自分の環境がいかに恵まれていたか気づく。





それから10年経ち、勉学も経済力もそこそこついた頃に(7歳の時と比べてという意味)セブでストリートチルドレンに初めて会う。
ストリートチルドレンのいない世界が1日でも早く訪れるべきなのはわかってるのに、


ずっと会いたかった、と言って握手した。





それくらい自分の中で大きな存在の彼らはもはやストリートチルドレン様という感じ。
この感覚はうまく説明できないけどきっとほとんどの人が理解不能だと思う。笑







あたしの記憶力って凄まじいほど悪い。酷すぎると言った方が近い。。
なのに、さっさと「現実」を見ろと言わんばかりの父から言われてきた言葉と、初めてソレを見た時の衝撃はしっかり記憶してるんだよね。

あたしの脳は、そういうことには反応する。逆を言うとその他は寝てるも同然。。

この異常に小さいキャパの脳は、今綴っている文でさえ明日になればすっかり忘れている^_^

人間そんなもんだ と、あたしの中では腑に落ちた。(いやもっと努力しろよ)

あれだけ大切に思っていた感情でも、あたしなら秒で忘れてしまう。笑(えない)

だからこうして、残すのだ。








セブでストリートチルドレンに会った時、あたしはもう、ほぼ観光者としか言いようがない立場だった。そこから彼らをどうしたって救えないことは、今となれば痛いほどわかる。

当時はほんとに甘かったぜ。
全っ然、なにも、わかってなかったからね。

もっと現実を知ってから行くべきだったとおもうけど、知ってたら行ってなかっただろうなとも、思う。




確かに子供達は遊んであげたら笑顔になる。けどそれは、一時的なものだという当たり前な事を知った。

"彼らの幸せのために生きる" 覚悟がなければ、一時的なそういう行為は偽善。(雑に言えば)

私が彼らの立場ならその行為は辛いんじゃないかと思う。

私たちのような外国人が来ては、遊んだり服をくれたりご飯を食べさせてくれたりはするが、1週間くらいもすれば自国に帰る。

そしてまた別の外国人が来る。自分たちの状況はこれといって変わらない。

そういうことが何度も何度も、何年も、何十年も続いて来たから、この問題は解決しないんだと思う。そして笑顔にさせてあげられるのは小さな子供達だけ。

もう、ある程度の年齢になれば、自分たちの置かれた状況に察しがついてる。

10代の子供達は、話しかけても見向きもしない(子もいる)。
悔しくて、悲しくて、あたしが泣きそうだったけど、彼らはもっと悔しい思いをして生きて来たんだと思うと、同情で悲しい涙を流すことはできないと思った。

結局、そこまで本気で考えることができてなかった。逆を取れば、これがきっかけであたしの一方的な気持ちだけでどうこうできる問題ではないことがわかったし、生半可な覚悟で行く場所じゃないこともわかった。

誤解されたくないけど、あたしは行ったからこう思ったわけで、行ったこともない人があたしのこの考えを見てじゃあ行くのやめよう。とは思わないでほしい。
そういうことじゃない。

行って、触れて、彼らの本当の感情を知ることは必要だと思う。

それで何を思うかは人それぞれだし、あたしでは思いつかなかった考え方を共有してもらえるのはすごく楽しい。








日本にいると、どこの大学?何学んでるの?歳いくつ?なんてよく聞かれるけど、向こうではそんなの全く聞かれない。

そこに価値を感じてないし、人間同士のコミュニケーションにそんなこと聞くなんて決まりはなくて、目の前にいる相手と目を見て話して向き合うことが大事なんだって教えられた。








みんなある程度の不幸とかをもって生きてると思うし、生まれつきの親とか国とか生きる場所とかは選べない。
そりゃそこそこの知識や財力が身につけば好きに生きれるかもしれない。でも、この子たちは生まれつきの環境がどう考えても恵まれてない。

“恵まれない子供達” とかいうフレーズ、見ただけで マジかよ、とか萎えてしまうしそういう言い方だいっきらい!なんだけど、笑

いくらその子たちの普通がそれだと言っても、人間にとって生きて行くのに必要な量の食事や水分補給もままならず、体を洗うことやあったかい布団の中で寝ることだってできない。

これが70億人いる中の1つの民族の人間だとして、生まれつきこうなので満足してます大丈夫です。なんて、思ってるわけないじゃん。

だからどうしたって生まれつきの環境は恵まれてないんだと思う。

けど、そんなの彼らにとっては当たり前の毎日で、「あー地球規模で言ったらうちら恵まれてないのね、うん、知ってる。だから?」
って言わんばかりの態度?はあった。

そんなこと気にして生きてられないんだろうね。

私たちなんかがいてもいなくても、本当に心から幸せそうに笑ってるの。

環境ってなんだって思ったし、彼らのメンタル計り知れんなと尊敬すらした。

それでも、彼らは同じ人間として生きていることに、プライドがあるんだと思う。

だから適当なこと言ってこの問題はまとめられないし、どうやってこのブログを終わらせようか正直、わからない。

最後にフィリピン、セブでの写真を載せる。
きっとすごく長くなってしまったから、ちゃんと伝えられてるかわからないけど、あたしの文なんて読まなくていい!

この写真を見て何か感じてくれたらこのブログは大成功だ!笑












YUI

言葉を離れる

『言葉のない世界』はどんな風に見えるかなって思った時、もう既に『言葉の存在する世界』にいる自分には後戻りできないので『その世界』を見れないことに悔しく思ったけど、それ以上に魅力的だなと思った。

言葉があるのが当たり前の世界で生きてきたけど、言葉があると、ソレが明確にわかりすぎて困る時がある。

もっとピントがぼやけた空間もあっていいと思うんだけど、それが例えば『 “言葉では言い表せないくらい” 綺麗な景色』とか、そういうのかなと思う。
その、“言葉では言い表せない” モノは、本当に言葉で言い表せないのか、又は言葉で言い表せないという言葉が 似合う モノなのか。




大学の講義で、”文化人類学” というのをとってるんだけど、その講義が最近ついていけない域に入ってきたの。
多分、あたしのキャパじゃあまだ理解できない話なの。そんな話だからうまく説明もできないんだけど、、


『ヒトは、自分の人生をつくりあげたイメージのなかで生きている。正確にはつくりあげられたイメージのなかで。

“男”という言葉は、”女”が存在しなければ生まれなかった言葉であるように、言葉の存在は様々な物事人を、区別してしまう。

自然状態における空間・時間は、区切れのない連続体。人間はその連続体に名前をつけることによって、意味のある対象に区切り(成人式や結婚式や葬式や。)、それを寄せ集めたり関係づけたりして、世界を秩序づけている。

誕生や死が不浄や危険と結びつけられるのは、人間の一生に人為的な境界を設けるから。』

これでもしぬほど分かりやすい言葉を選んでまとめてみたけど、難しいよね笑

まぁこんな感じで、理解不能な域に入ってきたところなんだけどさ。

実は異文化理解や宗教学、ゼミで学んでいる事とリンクしてたの。自分の中でそれが繋がっていく瞬間、すごく盛り上がるんだよね。具体的にはG8くらい逝ってるんだよね。





それで最近、気になる本がある。

横尾忠則さんの『言葉を離れる』

横尾さんは美術家として知っていて尊敬してるんだけど、小説とかも書くらしい。文学も素晴らしそうなのでこの本を読んでみたいなと思ってる。

全然内容知らないけど、雰囲気と題からして今のあたしにピッタリな気がする。笑




YUI

考えすぎ!笑



先に言うけど!これ、あげるまでにすごく時間がかかったから筋が通ってるかとかもう、よくわからなくないんだよね!でも、勢いで載せちゃおう!





想定外に前回のブログとかインスタに投稿してた政治の話の反応が良くてね。

ブログに関してはあの日だけでも200アクセスを超えてたり、それよりも選挙前インスタに投稿し続けた政治の話が好評で。笑
10人くらいの人からリプライがきたの。

あたしが思ってるよりも、政治に興味がある人はたくさんいたんだよね。




同世代で政治の話、特に選挙の話なんかは現状あえてする人は少ないと思う。投票先も言っちゃいけない!なんてルールはないのにタブーとされる。

それって、もし自分が立憲民主を推していて相手が自民を推していたら、その正反対さに気まずいからかな?でも、タブーってこういう時に使う技じゃないと思うんだよね。「空気を読む」に慣れてくると、どこにでもだれとでもありそうな会話で溢れる気がする。

それに、好きなブランドやアーティストが真逆のジャンルだったとしても、自分はそれがあまり好きじゃなかったとしても、話し相手自体を嫌いになったりしないでしょ。そういうもんだと思う。
というか、そのくらいの気持ちで接しなきゃ、世界中嫌いな人だらけになると思うの。"うわ、あの人これ好きなのかよー嫌いだわ。"みたいな感じでね。笑




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ここまでが、1ヶ月前くらいに下書き保存してた内容。厳密に言えば、このあとにも続き(むしろメイン)があったんだけど、載せようと、どうしても思えなくて割愛しちゃった。


それより、すごーく毎日思うのが、世間の政治意識はどこいった?という事。笑

やっぱり何事にもモチベーションを保つ「何か」ってすごく大事なんだね。あたしは身に覚えがありすぎて。すごく思うんだよ。
自分こそ、政治意識は選挙時に比べたら薄くなっていってる。毎日頭の中に存在してはいるけど、どう考えてもあの時ほどじゃない。

まあ疲れちゃうよね。政治って難しいもん^_^


この前ね、”加藤浩次VS政治家” てバラエティーがやってて。あれは久しぶりにわり〜といい番組だと思ったから紹介する。(我ながら何様だよと思うけど視聴者として笑)

番組は、解体された民進党も含めて全政党の若者議員が集まった政治家と、年齢もカテゴリーもバラバラな芸能人が集まった国民側の中間に加藤浩次が立ち、組織票とか憲法改正とかスキャンダル笑とか本当に色んな話題を討論するって内容。

ああいう、色んなジャンルの人間を集めて、カジュアルに面白おかしくちょっとまじめに政治を討論する番組増えたらいいなって思ったなあ。





はあ。。。。この記事どれだけ長い間更新されなかったんだろう。なんでこんなに時間がかかったのかよくわからないけど。



「考えることを投げ出したい」と、なんどもなんどもなんどもなんども思った事がある。けど、それを「考えること」によって考えている時点で、考えることを投げ出すなんて無理なんじゃないかと思ってしまった。


ご飯食べてもお風呂はいっても料理しても勉強しても音楽聴いても映画見ても何やっても、
考えることをやめられない能力を持たされた”人間”という動物として生き続けるのね。


知性と情操の訓練を続けていくのは人間の使命で、あたしはそれを生涯かけて実践し、全身で発信するんだろうな。



面白いよね、人間って。考えすぎだもん。笑









YUI