iuy

地球に生まれたから宇宙を知った、だから宇宙に会いたい I’m in the earth.

ホームレス

自慢じゃないけど、あたしは小さい頃から人によく、本当によく話しかけられる。そしてその多くがホームレスだ。


いきなりヘビーな話だけど、小学生の頃地元では超有名なあるホームレスのおじさんに下校中追いかけられて警察沙汰になった。

彼はいつも大きすぎる荷物を3つは持っていて、おそらくそれはゴミだった。
その姿で待ち伏せされ、つけまわされ、終いには追いかけられた。

誤解されては困るけど、あたしはその時の体験がトラウマになったりはしていない。むしろホームレスは嫌いじゃない。

おそらくそれは、あたしのおばあちゃんもホームレスによく遭遇し、話しかけられたりするタイプで、普通に対応していたのを間近でみて育ったからというのも関係している。いやむしろ大いに影響している。笑

うちのおばあちゃんはヘビースモーカーなんだけど、彼らにタバコをねだられあげているのを何度か見た。

わざわざこちらから話しかけることはなかったけど、どうしても食べ物をあげるときは少しでも糖分が多く取れる菓子パンなどをあげていた。

中学生の頃、おばあちゃんちの前でゴミ掃除をしていたらホームレスの人がいて、座り込んでいたのでおばあちゃんの家にあったセブンイレブンの菓子パンをあげた。(今思えばこれはおばあちゃんのマネだけど)

次の日、また彼はそこにいた。そして彼から "大葉やる" と言われてもらった葉っぱがただの落ち葉にしか見えなかったのは今でもなかなかお気に入りの不思議な話。



一番印象に残っているのが、地元ですごく遭遇率の高いホームレスのあるおじさん。彼は今まで出会ったどのホームレスよりも控え目だった。周りの目をすごく気にしていた。

これはあたしが出会ってきた中でのイメージに過ぎないが、ホームレスの人はだいたい態度がでかい。"我ここに在り" 的な雰囲気が漂っている。悪口とかではなくて、そういうもんなんだなと経験上出会った彼らを見て思う。

日本人が、"生きてく上でレールに乗ることやマジョリティを好むイメージ" ってのと同じで、周りを見た感覚的に思うこと。

それで控えめなおじさんの話に戻るんだけど、あたしが出会ってきたホームレスらしき人たちは我ここに在りを感じたけれど、彼は会うたびとても申し訳なさそうにしていた。
信号待ちでは3歩後ろに立ち、スーパーですれ違う時は小鳥の吐息並みに小さな声で "すみません…" と言いながら横切っていたし、レジを選ぶ時は人がいなくなるのを待ってからやっと入っていくくらい半径何メートルかに人を引き寄せるのが受け付けられない感じがした。(そしてどれだけ遭遇しているかお分かりいただけるだろうか)

彼が申し訳なさそうにしているのは明確で、体臭を
まぁ確かに、彼らの体臭が気にならないほどあたしも無神経ではなくて、出会うたびにというか、すれ違う15メートル手前くらいからだいたい想像がつく。

あたしは多分鼻がいい。人の名前とか覚えられないけど、その人の匂いは記憶している。だから地元でよく会う2人のホームレスの匂いはそれぞれ記憶していて、数メートル手前で "あ、いるな" と察する。


電車の中で偶然目の前に立ったホームレスの方は、ドタバタ乗車しながら一冊のボロッボロの本だけ持っていた。身軽なのになぜ?というくらい動きがうるさい笑

しばらくすると、その本を読みながら泣いていた。意味がわからないけどもらい泣きした。
そんなあたしもはたから見れば意味不明。



なんで今この話を思い出したかって言うと、彼らは自分がホームレスであることに対して何を感じていたのか、何を求めていたのか知りたくなったから。

あたしは性格上?与えることは生き癖みたいに当たり前のように感じるけれど、
それが彼らやストリートチルドレンに及ぼした影響を考えるとやりすぎたかなとか、また遭遇したらどうしたらいいか、と思い悩むこともある。


とりあえず友達になることしか考えていないけど、あたしには口が動かせるので話すことができる。耳が聞こえるので話を聞くこともできる。頭が働くので考えることもできる。


なんだかんだで色々できる。ありがたいことに。


そうそう、それで、頭を働かせて自分もホームレスやってみようと思ってだいぶ前に一度だけやってみた。

世間からはお前頭悪すぎだろとか、彼らからはバカにしてんじゃねえよって反感を買いそうな行動だけどね。あたしには彼らの気持ちなんてちっともわかっていなかったから、遊び半分とか冗談とかではなくて、本気でまじめに取り組んだの。(だからもちろんホームレス中を写真に撮ってSNSにアップしたり、周りにおもしろおかしくこの話を話したりなんてしてない)

実際には、完全なホームレスにはなれなかった。なんでかっていうと、母上からのお許しがでなかったから。

あたしがお願いしたのはたったこれだけ。

ストリートチルドレンの気持ちを少しでも体と心で理解したいから、家の前の公園で1日過ごしてくるね」

「はぁ、いい加減にしなよ!言われないとわかんないの?!」

「…はい。でもわかってるから事前に言ったんだよ、、(小声)
じゃあいいよ、家の中で勝手にやるので文句言わないでください!(切り札)」


内容はシンプルで、一冊の本だけ持って、一本のサツマイモと500mlの水一本、新聞紙(朝刊1日分)の3つで過ごす。期間は夜から次の日の夕方まで。これはあたしがよくみてきたホームレスのレギュラースタイルだったから。食べ物だけはかなりの例外だけど。

夜以外を家の前の公園内だけで過ごし、夜は家の外に出ることが許されなかったから、家の1番かったいフローリングに新聞紙を敷いてさらに新聞を体にかけて寝た。
めいが夜中にあたしをみつけて、"えっ、、、" とだけ言って扉を閉めた。さすがに彼女も普通のリアクションをしていた。


実際には、あまりの硬さに寝心地が悪すぎて朝の3時に起きてしまった。それからはもう "まだマシ" を追い求め、最終的に座って寝た。
朝になり、水とサツマイモと新聞、本を持って公園に向かった。

暇すぎた。

1時間もしないうちに夕方までもたないことは明確だった。
あたしには集中力がなくて、飽きがきたら終わりだからだ。

結局、15時に家に帰ってまず普通にご飯を食べた。
そして布団の柔らかさと暖かさに初めて驚いて、"幸せだ 幸せだ 幸せすぎだ!" と思いながらいつも通りの夜を過ごした。

なんて意志の弱い奴だと、我ながらこれは説得力のある体験だったと思う。

要は普通(自分の日常)の生活を何年もしてる人が、誰のためになんのためにこんなことをしてみて、できなくて幸せを(自分の日常の)再確認してるわけ?って話。結局のところすべてが自分のためにしか思えないんだよね。

つくづく成長してないなと思った。セブから帰国して何年経った?あのあと何度もそれについてノートに書き続けたことを全く自分の心に留めてないな。

こんな反省文みたいなブログ、全生物にとって死ぬほど退屈で無力でつまらない!笑

書かないよりはマシとはよく言うけれど、これに関しては書かないほうがずっとマシだな。

そう思いながらも2018年8月12日の下書きにあったこのブログを公開する。

ここまできちゃった方にはもはや申し訳ない。くだらない言葉を右から左にながし読む無駄な時間もたまにはありかなって思う生物だけがせめてここまできちゃっていてほしい内容だわ。。。(最後の日本語までもが酷すぎる笑